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研究報告


高等専門学校の教育と研究
別冊第2号 創造教育実践事例集
No.2,2-9,2000.


モノづくり教育のパラダイムを求めて
― 高松高専・制御情報工学科の実践事例 ―


高松工業高等専門学校 制御情報工学科
平岡延章,十河宏行,由良諭,川田和男,藤澤正一郎

  高松工業高等専門学校・制御情報工学科におけるモノづくり教育 「メカトロニクスシステム設計」を企画・実践する中から, モノづくり教育のパラダイムを模索する担当教師たちの思考と実践経過に ついて報告する.実践的技術者を育てるため,モノづくり教育に何を求めるか, 指導者に何が求められるかについて考えてみたい.

1. はじめに

  高度経済成長の果てに日本社会がたどり着いた産業の空洞化と子供たちの 理工科離れが問題視されはじめてから,すでに10年が 過ぎるであろうか 1),2). これに呼応して,工業高専や大学工学部で「モノづくり教育」の重要性が 認識されるようになり 3),4),「モノづくり教育」に 関する多数の実践事例報告がなされている5)

  個々の報告は,現場における生の事例であり,貴重な資料である.しかし, 事例であるがゆえに,「モノづくり教育」の枠組みや本質に関する議論は 少ない.また,「モノづくり教育」を支え,実践する指導者たちの思い入れが 生々しく伝わることもない.

  本報では,はじめに何を目的として「モノづくり教育」が行なわれているかを いろいろな立場から考察し,現在行なわれている「モノづくり教育」と 呼ばれているものの実態を検証する.次に,純粋に教育的立場から我々が 目指す「モノづくり教育」のパラダイムについて考察する.つづいて, 高松高専での実践事例を述べ,理想と現実のギャップやジレンマに言及する. 本論のような「モノづくり教育」の実践事例があることを知っていただければ 幸いである.



2. モノづくり教育に何を求めるか

  「モノづくり教育」という言葉は,技術教育に携わる者にとって魅力的な 響きを持つ言葉である.ある場合には純粋に教育的意味で,ある場合には 人々にアピールするための打算を内に秘めて用いられている.手始めとして, 「モノづくり教育」という語の意味するところをいろいろな立場から眺めてみよう.

1) 何かを作ることに興味を持たせる
  理工科離れの一因は,幼少期における「モノづくり経験」の 不足あるいは欠落にある.物質的に豊かになってしまった日本では, 「見栄えのいい出来合いのおもちゃ」が子供たちの周りに氾濫している. 子供たちが何かを工夫し自分で材料を探し加工することを,自らの意志で 経験する機会は皆無であろう.少々手遅れかもしれないが, この原始体験の機会を与えることが「モノづくり教育」の一つの目的である.

2) 専門教育の動機づけ
  工学の各領域が体系化され,細分化されるに伴い,内容は高度化し, 実体とのかい離がすすむ.その結果,工学を学ぶ初学者にとって専門教育の ゴールを見通すことが容易でなくなってきた.巷にあふれる工業産品も, 著しく高機能で,製法が高度化しているため,学校における工学教育の 成果がどのような形で製品に反映しているか容易に推察することができない. このような状況で,学習目的を具体的に示す手段の一つとしての 「モノづくり教育」がある.

3) 教える教育から学ぶ教育へ
  日本の教育の基本は「教授(教え授ける)」することであり 「教育(教え育む)」することではない.我々の意識の底には, 「教えるのは教師」,それに従って「学ぶのが学生」という固定観念がある. つまり,学生が教師の教えないことや知らないことを自ら学び, 教師より賢くなったり,物知りになることを積極的に評価する態勢はない. この発想を逆転させるのが,「モノづくり教育」の一つの目的である. 以下で,改めて述べるが,我々が提唱する「モノづくり教育」を推し進めると, 教師より学生の方が物知りとなり得る.教師の知らない技術を学生たち自身が 修得してしまう可能性を秘めている.「モノづくり教育」には,この意味で ある種の教育観の変更を促す側面がある.

4) 自主的取り組みに期待して
  大きなテーマを与えての比較的自由な「モノづくり教育」は, 動機づけさえうまく行けば,学生の自主的な取り組みに期待できる. 学生たちが自分の専門に関して,自らの興味で取り組む初めての 実践経験となり,自ら学ぶことの大切さと成果の大きさを 気づかせる絶好の機会である.

5) 協調性を培うため
  「モノづくり教育」の多くの場では,グループによる作品の共同製作が 行なわれる.授業の一環である限りグループの構成は公平になされるから, 「仲良しグループ」ばかりにはならない.目的達成のため,議論し, 作業を分担し,助け合う過程が必須となる.小子化,核家族化,マイホーム指向, 子供部屋の個室化などの相乗効果により,現代っ子は人と議論し, 自己を主張しつつ協調的に他人とかかわることを苦手とする.一方,社会に出れば, 職場でスタッフと協調することを強要される.技術者として知識を学ぶとともに, 正しい自己主張の方法と協調精神を培える点は「モノづくり教育」のもつ 長所の一つである.

6) 創造性を育むため
  テーマを与えてその解決法を問う「モノづくり教育」ではお手本が 存在しないため,新規に「モノ」を創造する過程を経験できる(図1). ただ,知識・経験の不十分な状態での作品創造には,二面性があることに 注意を要する.無知なるがゆえに大胆な発想に至る場合と,無知なることの 必然として幼稚な結果となる場合である.「モノづくり教育」では, 一般に前者が強調されるが,指導側に豊かな発想を育むための十分な準備と 配慮がなければ,現実には後者に陥るだけである.


fig1a fig1b

図1. 課題を実現するオリジナル作品の例


7) 工学教育の場に良い学生を集めるため
  小子化による就学人口の減少に伴い,高等教育の現場では, いかにして意欲と学習能力ある学生を集めるかが切実な問題となりつつある. この現実に対処し,工学教育を魅力あるものとする試みの一つとして 「モノづくり教育」が推進されている(図2).


fig2

図2. ぼくらも大きくなったら,技術者に・・・


8) 学科の宣伝のため
  教育効果という観点から少し離れ,学生を集めるための道具, すなわち学科の特徴のアピールならびに他学科との差別化の道具として 「モノづくり教育」を捉える視点もある.担当者の意識と関係なく, 「モノづくり教育」には客寄せパンダ的側面があることも事実である.

9) 教育者としての存在を示すため
  高等教育機関では,教育研究業績がその人の存在価値を 決定付けるという現実がある.「モノづくり教育」を実施し 担当することにより,取りあえず時流に乗り存在をアピールすることが できる(図3).業績や周囲の受けを意識して,見かけを繕うと 「モノづくり教育」の本質を見失うことになる.


fig3

図3. 公開競技会には学校長の姿も・・・


  以上,「モノづくり教育」の効用や現実について気が付くままに羅列した. 列記した項目の中には,「モノづくり教育」にまじめに 取り組んでおられる方々から批判を受ける事項もあろうが,著者らを含め, およそ担当者には何がしかの打算もあると考える.



3. モノづくり教育のパラダイム考

 前節の現実を踏まえ,この節では我々のイメージする正当な「モノづくり教 育」について述べる.その実践が学生たちに高付加価値をもたらし,やがて「 モノづくり教育」のパラダイムとなることを期待する.

1) 「モノづくり教育」の主役は学生
  教育である限り,学生の学習効果が最優先である. 主役である学生たちが自らの好奇心で学ぶことを促し, 自ら考えることを要求する.教師の役割は,学生の技量を見極め 適切なテ課題と機会と環境を与えることであり,学生たちが試行錯誤の 末にゴールにたどり着くことを見守る黒子である.これは,従来の 授ける授業に対する一つの挑戦でもある.受講学生の教育効果に 無関係な事項(客寄せパンダ的効果への期待,授業方法への干渉, 教師の打算など)は,極力排除する.これら「モノづくり教育」に 対する外圧から,学生たちを守ることも黒子としての教師が 意識して果たすべき役割である.

2) 「モノづくり教育」の構成要素
  学習目標をどのように設定するかにより,具体的な実施手法は 異なる.我々は,企業でのOJT(On the JobTraining)あるいは 実験分野の学術研究のシミュレーションを「モノづくり教育」の 実施イメージとしている.すなわち,学生たちが将来技術者として 独り立ちするときに経験するであろうことを一通り体験させることが目標である. このような目標設定から,我々の目指す「モノづくり教育・フルコース」の 構成要素は以下のようになる.
  • 設定された課題(仕様)に沿って「モノ」を実現するアイデアの考案(図4).
  • 考案したアイデアの承認を得るための教師相手のプレゼンテーション(図5).
  • 考案したアイデアを実現するための「モノ (機構・電子回路・プログラムなど)」の設計.
  • 設計仕様を全グループに公開し,アイデアをアピールするためのプレゼン テーション(図6).
  • 設計した「モノ」の製作・改良・動作確認.
  • 製作した「モノ」の性能を披露し,競い合う公開の競技会.
  • 製作した「モノ」の性能試験.
  • 設計書(仕様・機構・強度・電子回路・プログラム・システム構成・工程 管理・原価計算など)の作成(図7).
  • まとめとしての公開プレゼンテーション.
  • 製作した「モノ」の解体と部品のリサイクル化.

fig4 fig5

図4. 「何かもっとうまい手があるんじゃ・・・」        図5. アイデア承認プレゼンテーション



fig6a fig6b

図6. 「はーい,質問!」,「この部分は・・・」



fig7

図7. 仕上がった設計書


  これらの要素の内,我々の「モノづくり教育」の真の目的は,「設計書」を 書かせることにあり,製作の全過程を文書として残すことを体験させることにある. 各グループは,最終的に100から150ページにおよぶ清書した設計書を 書き上げる(図7).この過程では,項目ごとに締め切りを定めて添削指導が 行なわれ,技術文書の書き方を学ぶ.

  さらに,プレゼンテーション能力の向上にも力点をおき,年間4回の 発表機会を設けている.発表予稿原稿,発表用ビラ,OHP, 口頭発表原稿などの作成要領を学ぶ.発表態度も学習要素の一つである(図6).

3) 機会と環境の提供
  教師主導の教授から学生自ら学ぶ教育へ,授ける教育から 見守り育む教育への変革を行うには,それにふさわしい「場」と「環境」を 準備する必要がある.授業時間中だけでなく,放課後や長期休業中を含め, ある程度自由にプラニング,工作,プログラミング,書類作成などの作業を 行う空間と時間を保証する必要がある(図8).他の授業との競合や時間外の 施設管理など,これまでの授業では問題とならなかった点にも配慮が必要となる.

  物理的な環境だけでなく,指導者の意識にも改革が必要である. 教師にとって,これまでの授業は自らが主導権を取り,自らのペースで直接学生に 働きかけることで目的を達成できた.学生が自ら学ぶことを目指す授業では, 教師の役割も変わってくる.教師の仕事は,環境を整備し維持することであり, より良い「モノづくり環境」を通して学生に働きかけることである.


fig8a fig8b

図8. 「モノづくり教育」の場


4) 毎年振り出しに戻る
  「モノづくり」をマスプロ教育のカリキュラムに組み込んで 実施するとき,課題が年々高度になる傾向がある.指導する側は, 過去の成果を蓄積できるため,つい欲を出したくなるが,受講する側は 常に初めての経験であることを忘れてはならない.過去の蓄積は積極的に 排除し,学生に過度の負担を強いることは避けなければならない. 自主性や創造性を喚起し,学ぶ喜びを与えるため,この点は特に重要である.

  年々進歩する学生の作品を,指導者が自慢するための「モノづくり教育」に なってはならない.製作活動ならびに作品を正しく評価することが指導者の 責任である.外部からどのように見えるかに目を奪われると, 「モノづくり教育」は本来の目的から外れ,単なる客寄せパンダになってしまう.

  各年度ごとに,課題を大きく変えると振り出しに戻しやすい.また, 年度末にすべての作品を解体し,次年度に見本を残さないことも 確実に振り出しに戻るための簡単かつ有効な方策である(図9).


fig9a fig9b

図9. 役目を終えたロボットたち(?)の姿


5) 成績評価
  「モノづくり教育」の成績は何をもって評価すべきか. 作品が仕上がればOKか? 熱心に作業に取り組めばOKか? アイデアをどう評価するか? 「ワンマンだが好成績を得たチーム」と 「協調的だが結果の思わしくないチーム」の評価は,どちらが上か?

  新しいパラダイムでの「モノづくり教育」では,学生が何を学び取り, いかに成長したかに着目した成績評価法の確立が望まれる.



4. 高松高専のモノづくり教育

  大阪府立高専システム制御工学科の実践報告6)に触発され, 1996年度から当科ではじめた「メカトロニクスシステム設計」は, 前節で考察した「モノづくり教育」のパラダイム実現への挑戦である. 各年度の製作課題や授業スケジュールは,すでに報告した通りで あり7)−13),概要はWebページでも公開し 随時更新している(図10)14).本節では,前章の考察との 関連に焦点を当て新しいパラダイムを目指す「モノづくり教育」の 実施事例を報告する.


fig10

図10. メカトロニクスシステム設計Web Page
http://www.takamatsu-nct.ac.jp/hiraoka/mech_sys.html


1) 環境の整備
  場所,設備の提供だけでは「モノづくり教育」には不十分である. 普段の授業を含め「モノづくり」の時間を確保すること, 学生たちの自由な発想を促し自主的学習のための資料を整備すること, 材料や部品をリアルタイムで柔軟に供給するサポート体制を敷くことが重要である.

  授業時間の確保には学科全体の理解と協力が,時間外の実験室開放には 担当者の「モノづくり教育」に対する情熱が欠かせない.いずれも, 既成のカリキュラム,授業形態にこだわらない柔軟さが求められる. 「メカトロニクスシステム設計」では,週7時間(1時間は50分)の 授業時間を確保し,さらに放課後の19時までと土曜日や長期休業中の 約半分の期間について実験室を開放している.実験室が開いている時間には, 担当教師のうち少なくとも1名が待機する体制を取る.

  実験室には,「モノづくり」の参考となりそうな実務書,規格表, 部品メーカの製品カタログ,通信販売カタログなどを常備し, 必要に応じて更新する(図11).学生が生の資料に触れて, 商品知識を広めることやデータシートの読み方を知ることも, 「メカトロニクスシステム設計」の一つの目的である.教師には, 特定の分野にとどまらず商品知識を広げ,各種物品のカタログなどの 資料収集に努めることが求められる.


fig11

図11. 「モノづくり」の資料


  学生の発想と設計に大きな自由度を許すには,使用部品に関する制約を 少なくする必要があり,バラエティに富む部品をリアルタイムで 入手する手段を確保する必要がある.「モノづくり教育」には, MITのロボット授業15)やNHKロボコン国際大会16)のように 与えられた材料で課題を実現させる方法もあるが,より実践的な 「モノづくり教育」を目指すなら,材料や部品に関する制約はない方が良い. 「メカトロニクスシステム設計」では,最小限の標準部品を用意するほか, 学生の要求に沿って数日から10日程度で物品を入手する体制を採っている. このため,地元業者とともに通信販売を積極的に利用している.

  実験室設備の整備も重要である.簡単な加工を行うための手工具の整備, 計測器や実験用電源の整備,書類づくりに用いるパソコンとソフトウエアの 整備など,「モノづくり教育」のインフラづくりが必須である. 特にパソコンは,ハードウエア,ソフトウエアともに技術の進歩に伴う陳腐化が 著しく,時期を得た更新が必要である.

2) 指導者の役割
  教師は1年間の「モノづくり教育」を企画・実施する プロジェクト・マネージャである.授業を担当するために必要な 学問的知識のみならず,実学にも長けていなければならない. 「メカトロニクスシステム設計」では,大まかな年間スケジュールを作るが, 教室での講義のような木目細かな授業計画はない.「モノづくり」の環境を 準備し,環境を通して学生に働きかけ,状況を判断して臨機応変に対処する 柔軟性が求められる.

  4年生で実施する「メカトロニクスシステム設計」では,前年の2月から, 準備が始まる.3年生に対して授業概要の説明とグループ分けのための アンケート調査を行い,これを基に担当教師が協議して公平なグループに分ける. 課題を決めるのもこの時期である.課題は,実現手法が複数あり, 半数以上のグループが達成できるが全グループが達成できるとは 限らない程度のレベルに設定する.

  学年はじめに課題の提示と授業の目的スケジュールを説明し, ブレインストーミングに入る.教師の役割は,方向づけをすることであり, 学生の議論に直接参加することはない.並行して,「モノづくり」の 実学的知識を補うための講義を1ヶ月程度行う.また,設計書作成に 取り掛かる直前に,理工系の作文技術について要点を解説する.

  年間を通して,教師の役割は全体を見渡し,先を読み,適切な環境を 維持するマネージャであり,授業進度を見守り管理するペースメーカーである. 学生の疑問に答えることはするが,積極的に知識や技術を授けることはしない. 学生の疑問に直接解答を与えるのではなく,解答を得るための手段や 参考資料を紹介することが仕事となる.

fig12a fig12b

図12. 競技場のからくり作りは,黒子の仕事


  また,「モノづくり」の環境を維持するための予算を確保することも, 重要な役割である.「モノづくり教育」では,使用する材料・部品の多くは その年度限りの使い捨てである.設計や文書化のための作業環境となるパソコンは ハードウエアやソフトウエアの更新が欠かせない.ある程度のインフラを 維持するには,それなりの予算措置が必要となる.予算確保も指導者に 課せられた大きな役割である.「メカトロニクスシステム設計」では, 学科予備費や学内措置の校長分予算などを獲得し,順次整備を進めてきた.

3) 学生が主役の「モノづくり教育」
  のびのびとした発想を求め,育むには,それにふさわしい「モノづくり」の 課題を準備しなければならない.今の学生たちは,理屈抜きに正解を 欲しがる傾向がある.そこで,「メカトロニクスシステム設計」では, 身近にそのものずばりの正解が存在しないオリジナルな課題を毎年考案している. また,学生たちは過去の試験問題や先輩の実験レポートの入手に熱心である. 「メカトロニクスシステム設計」では,過去の設計書やデータを 非公表とするとともに,過去の資料が役立たないような課題を与えている. 「そのものずばりの手本はない」,「自分たちで考えよ」が 「メカトロニクスシステム設計」の基本姿勢である.すなわち,学生たちが, 毎年度同じスタートラインから,全過程を体験することに重点をおく.

  学生が主体であるから,製作チームの運営も学生任せである. グループの運営がうまく行くかどうかはメンバーの意識とリーダとなる学生の 取り組み次第である.教師はチーム運営に介入するより,黒子として気長に 見守ることが肝要である.これまで製作チームの構成を年度途中で 変更したことはないが,グループ分けの重要さを痛感させられた年もある.



5. さらなる課題

 過去4年半の「メカトロニクスシステム設計」を振り返り,今後解決すべき 問題点に言及したい.

1) マスプロ教育における「モノづくり」
  「メカトロニクスシステム設計」は,4学年で1年間の必修授業として 実施される「モノづくり教育」である.必修授業の場合,単位修得という意味で 学生に対して強制力が働く一面,不適応者に対する対処が難しい. 選択科目であれば,興味のないものや不適合者を切り捨てることも可能であるが, 「メカトロニクスシステム設計」は必修でかつ単位数が大きいため, 進級との兼ね合いから意欲を示さない者に対する対応が難しい.

  マスプロ教育の場における「モノづくり」をどのように位置付けるべきか, まだまだ議論の余地がありそうだ.

2) 自主性と授業管理のジレンマ
  「メカトロニクスシステム設計」の授業時間は,実験室・CAD室・実習工場の いずれかに居る限り,作業は各製作チームの自主管理である.授業時間中も 作業場所間を移動するため,周囲から遊んでいるのではないかとの指摘を受ける. 自主性を養えということであれば,指導者側の責任でこのような外圧から 学生たちを守ることが必要である.

  一方では,本当に遊んでいる学生もおり,これを直ちに指導すべきか, あるいは学生自らが気づくのを待つべきかといった,授業管理と自主性の 育成との間のジレンマに陥る.

3) モノづくりの場と時間の確保
  実験室が足りない,パソコンが足りない,CADも,加工機も, 工具も,測定機器も,電源も・・・・・,と窮屈な状態が続いている. 欲を言えばきりはないが,今の高専の施設・設備で 「メカトロニクスシステム設計」のような総合授業を行うのは楽でない. 学科はもとより学校そのものの体制を変え,ゆったりとした ワークショップを持ちたいものである.

  同様に時間も窮屈だ.カリキュラムの中で実施する以上, 「メカトロニクスシステム設計」に割り当てることのできる時間には限りがある. 放課後や休日・長期休業中に実験室を開放して,時間の不足を補うものの, 他教科の補講や課外活動,学生会活動などとの競合もあり, 一部で摩擦が生じている.特に運動部のレギュラーメンバーのストレスが大きい.

4) 指導者の技量と負担
  「モノづくり教育」の指導者には,専門分野の深い知識に加えて, 「モノづくり」の全体を見渡す広い視野,プロジェクトを 計画し実施するマネージメント能力,素材・部品を入手するための 幅広い商品知識と金銭感覚,モノづくりの実技経験など,多くの教師に とって得意とはいえない分野の資質が求められる.また,常に世の中の 技術動向に注意を払い,指導者自身も知識・情報の更新に努める必要がある.

  授業時間中は,学生の自主管理を原則とするため,教室で講義を 行うより楽である.しかし,プロジェクトのマネージャとして進捗状況や 学生の雰囲気に気を配り,先読みをして必要な準備や処置を行うには,年間を通じて 常に緊張状態を強いられることになる.また,授業時間外に実験室等を 開放するため,その間の実験室管理,物品供給などの負担があり, 設計書の添削は時間に追われ,夜間・休日に及ぶ過重な作業となる.

5) 欲を言えばキリがない・・・
  「フルコースのモノづくり」というには,まだ不足する要素が ないわけではない.まず,信頼性;現状は「取りあえず動きますよ」と いうレベルの「モノづくり教育」であり,「確実に動きますよ」, 「1年放置しても性能に変化はありませんよ」, 「誰が操作しても大丈夫ですよ」,というレベルではない. そして,見た目;機能優先でデザイン的要素は抜き,とても商品にはならない. 配線をきれいに取り回し,かっこいいカウルを付けて,売り込み用の パンフレットやカタログを作る.ここまで到達できれば真に 「フルコース」と胸をはれるが,今のところ夢の領域である.



6. 結言

 工学教育における「モノづくり」は,学生たちにとって原始体験で あると同時に,将来の研究開発業務のシミュレーションでもある. 「メカトロニクスシステム設計」は,目的を実現する斬新なアイデア, 実現可能な機構・回路の設計,それらを制御するプログラムの開発, アイデアや設計仕様のプレゼンテーション,モノづくりの全過程を 記録した設計書,などを構成要素して本報で提案する「モノづくり教育の パラダイム」をマスプロ教育の中で実現しようとする一つの試みである.

  旧来からの殻を破る新しいパラダイムの実現には,大いなる好奇心と 少々の度胸を持つスタッフが必要である.加えて,学科の金銭的・精神的サポートが 求められる.

  「メカトロニクスシステム設計」が本当に学生たちの実力向上に 役立っているかどうかの評価には,いま少し時間が必要であろう. 「メカトロニクスシステム設計」経験者が,社会人として独り立ちするころ 追跡調査を行い,その結果を報告したい.



参考文献

  1.  特別企画:物理教育をめぐって,応用物理,66-3,(1997).
  2.  小特集:青少年の科学教育に関係学会は何をすべきか?,応用物理,67-3,(1998).
  3.  特集:新しい工学教育への試み,日本機械学会誌,98-923,(1995).
  4.  テーマ:高等専門学校における技術者教育,日本機械学会誌,101-960,(1998).
  5.  工学系分野における創造教育の実践事例集〜国立大学・国立高等専門学校編〜, 文部省高等教育局専門教育課,(1997).
  6.  藤沢正一郎,里中直樹,金田忠裕,土井智晴,森山泰秀: 阪府高専システム制御工学科におけるロボティクス・メカトロニクス教育, ロボティクス・メカトロニクス講演会'95講演論文集,A,602-605,(1995).
  7.  平岡延章,十河宏行,徳永秀和,由良諭:高松高専制御情報工学科に おけるメカトロニクスシステム設計,ロボティクス・メカトロニクス講演会'97 講演論文集,B,743-744,(1997).
  8.  平岡延章,十河宏行,徳永秀和,由良諭,川田和男:学生に目的意識を 抱かせる方法(高松高専制御情報工学科における実線事例報告),平成9年度 四国地区高等専門学校教官研究集会,44-55,(1997).
  9.  平成9年度国専協主催教官研究集会報告・四国地区,論文集「高専教育」, 21,421-424,(1998).
  10.  由良諭,平岡延章,十河宏行,川田和男:高専学生に対する メカトロニクス教育への取り組み,平成10年度電気学会全国大会論文集, 1-6,(1998).
  11.  平岡延章,十河宏行,由良諭,川田和男:メカトロニクス教育の中の情報処理, 高等専門学校情報処理教育研究員会研究発表会論文集,18,78-81,(1998).
  12.  平岡延章,十河宏行,由良諭,川田和男:モノづくり・マスプロ教育に おけるゆとりとむだ,ロボティクス・メカトロニクス講演会'99講演論文集, 1P2-81-113 (1)-(2),(1999).
  13.  川田和男,平岡延章,十河宏行,徳永秀和,由良諭: 羽ばたくメカトロ技術者の卵たちのために ―メカトロニクスの実践教育―, 論文集「高専教育」,22,365-372,(1999)
  14.  高松高専・制御情報工学科「メカトロニクスシステムテク設計」 Webページ:http://www.takamatsu- nct.ac.jp/hiraoka/mech_sys.html
  15.  吉田和哉:MITにおけるロボットコンテストを用いたロボ・メカ教育 (講義2.70および6.270の紹介),ロボティクス・メカトロニクス講演会'95 講演論文集,A,588-591,(1995).
  16.  「NHK・ロボコン」Webページ:http://www.nhk-grp.co.jp/nep/robocon/