文章力について

校長 布川 昊


 卒論の作成期になると,この頃の学生は文章が書けない,という教官の大合唱が聞えてくる。寮誌などの文章を見る限り,今の学生に文章力が無いとは思われない,なかなか読ませる,楽しい原稿が集っている,そう言うと,いや構想力が無い,論理的な文章が書けない,という返事が戻ってくる。甚だしきにいたっては,書けないだけではなく読めない,論理的な文章が3行も続くと,もう分らない,理解しようという努力を放棄してしまうらしい,との事である。そう言えば,寮誌の文章は,テレビのお笑いタレントの,本筋をはずしたギャグや洒落を散り嵌めた話ぶり,とよく似ている。

先年,小学校の友人から,私の小学校5年生の頃の綴り方を送ってきた。恩師が大切に保管しておられた我々の作品を,ご遺族から頂いてきて,級友達の思い出にと,返してきてくれたのである。その作文の文章を見て愕然とした。現在の自分の文章の原点を,そこに見出したからである。いや,小学校の頃から文章がうまかったと言いたいわけではない。また,今の自分の文章が小学校の頃から少しも進歩していないと卑下するつもりでもない。三つ子の魂百まで,と言うが,どうやら,小学校の頃の文章の特徴は長じても残り,基本的なところで生き長らえているらしい。

私達の経験では,小学校の2年生ぐらいになると「猿飛佐助」とか「塚原卜伝」とか,いわゆる講談物を読み耽った。立川文庫より後の世代,講談社からの少年講談世代である。大体200頁ぐらいのものを一晩で読んで回覧していた。3年生のときに大東亜戦争(太平洋戦争は占領軍の命名)が始った。敗色が濃くなるにつれ,本も次第に姿を消していった。家にあった大人向きの故事物語,数百ページの部厚い本を繰り返し繰り返し読んだ。一話が2乃至4頁位にまとめられており,挿し絵入りである。色はついていない,丁寧な線描画であった。大きな活字で,やや文語調,むしろ講談調,背伸びした子供向きの文章である。本の表紙もとれてしまうほど読んだ。いま思い返してみると,その文体に似ているような気がする。

 新生人と古生人の文章力,文体の基本を作り上げた文化(?)を比べると,その対比の第1は,「テレビ」対「講談本」という事になりそうである。中学(旧制)に入って,勉強が難かしくなって,小説を読む「ゆとり」が無くなった。ただ歴史や地理の試験は,「ルネサンスについて」とか「マンチェスター地方について」知るところを記せというような設問が主であった。英語の疑問詞,who,what,when,where,why,howに答えねばならないと,構成の大切さを身につけるよう教ったが,今もって,そう論理的,体系的な文章が書けるわけではない。しかし,新旧の対比の第2は,「選択式」対「記述式」というところであろうか。論理的な文章は,ユークリッド幾何学の証明から学んだ。短くはあったが,題意を仮定と結論に分け,証明を正確で分かり易い日本語で書くという訓練は身についた。中学時代の代数は,計算が主になっていて,論理性は幾何学に比べて稀薄である。対比の第3は,「公文式計算」と「幾何学の証明」としておこう。もう一つ探すとすれば,漫画と劇画である。「サザエさん」や「フクちゃん」などは,4コマで話が完結するよう構成されており,1コマに情報が詰っている。それらを味合い乍ら楽しむようになっている。それらに比べて,昨今の劇画では,「ガァーッ」とか「ゴーオ」とか,主人公が風を切って突っ走っている。今の子供達の読む(見る?)スピードは恐ろしく早い。あんなに瞬間的に理解できるのかと,我々旧石器時代人は空恐ろしくなる。一説によると,劇画の1コマは漢字の1語に相当しているのだそうである。ゆっくり味合うのではなくて,スピード感を楽しみ,感覚的にパッと把握するらしい。そこで,「劇画」と「サザエさん」という対比を第4に置こう,もっといろいろあるかもしれない。

以上,卒論期の歎きの依ってくる所以を,少々こじつけ気味ではあるが,探ってみた。こんな時代風潮を背景に,卒論を書かせ,書かねばならないとすれば,1月,2月は学生にとっても,先生にとっても魔の季節かもしれない。しかし「憂しと見し世も,いまは恋しき」となる日もきっとくる。御健闘を祈ります。