情報工学科2年 高尾 静日

 目 次

私の読書歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一      科 森岡  茂

基礎から本の購入まで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情報通信工学科 草間 裕介

図書の雑感・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情報通信工学科 青海 惠之

図書館・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・電子制御工学科 新海 聡子

図書館・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情報工学科4年 向  美紀

編集後記

私の読書歴

                                                           一般教科 森岡 茂

 

 記憶に残る最も古い読書体験は、ロビンソン漂流記のそれである。挿絵がすばらしかった。嵐の中、懸命に手押しポンプを操作する水夫の姿とか、無人の砂浜で、手製の傘をさしたロビンソン・クルーソーが人の足跡を発見する場面などが50年以上経た今でも頭に浮かんでくる。

 小学校6年に上がる時、国鉄(今のJR四国)に勤務する父の転勤に伴い、松山の小学校から高松の小学校に転校した。引越しのごたごたの為か、担任の先生が餞別に下さったギリシャ・ローマ神話を、全部読み終わる前に無くしてしまったのがいつまでも心残りになっている。

 子供の頃は、とにかく家の中で手に入る本を何でも読んだ。9歳上の長姉が買っていた「風と共に去りぬ」全6巻(だったかな?)とか、パール・バックの「大地」を読んだのは、確か5,6年の頃だ。5人きょうだいの末っ子なので、中学校卒業まで自分専用の部屋はなかった。5歳上の次兄が大学受験勉強に夜遅くまで励んでいた頃、その足元の布団の中で週刊朝日の連載小説を読んでいたら、「何を読んどんや、バカ!」と叱られた。題名はすっかり忘れたが、昨年100歳で亡くなった丹羽文雄の恋愛小説だった(と思うが、舟橋聖一だったかな?)。

 高校生の頃には文学全集出版が何回目かの全盛期を迎えていた。河出書房からは世界文学全集が毎月1冊ずつ刊行され(全48巻だったかな?)、3歳上の次姉が乏しい給料を割いてそれを購入していた。姉が手をつけるより先に毎月しっかり読ませていただいたものだ。私が無類の読書家だからというよりは、青春真っ盛りの姉は読書にまでなかなか手が廻らなかったためだろう。モーパッサン、スタンダール、トルストイ、ドストエフスキーなどなど、読んだという実績だけは残った。嫁入り道具候補のひとつ、平凡社世界大百科事典(全26巻?)も、これまた、まるで我が蔵書のように、東京の寮・下宿に運んで使わせてもらった。新婚世帯が狭かったせいもあるけど、姉上ごめんなさい。

 浪人中は、高松高校補習科同級生のF君から、中央公論社発行「日本の歴史」を毎月配本のたびに借りて読んだ。さすがに、再受験間近には、ちと嫌な顔をしていたな。なんだか、人様の物にばかり手を出していたみたいだけど、NTTを経て今は関西大学教授のF君、感謝の気持ちは忘れていないからね。

 大学時代は、日本近代文学の古典、推理小説の翻訳物、内外のSFなどごちゃごちゃ読んでいた。そこで、読み損ねた或るSFについて。大脳皮質は中枢神経系のなかでも最も高度な役割を持つところとされているが、下等な脊椎動物からすでに存在している部分と、高等になって初めて出現する部分(新皮質)とがある(デジタル版平凡社世界大百科事典より)。ところが、このSFでは、大脳新皮質は実は外来の寄生生物だというのである。そして、人間行動のすべては、この寄生生物の指示に基づき、彼の利益のためにあるという。こう解釈すると、他の動物に比べて大きすぎる頭部、長い未成熟時代、他の動物には見られない大規模な同種間闘争、これらすべてが説明できるというのだ。最近この本を読みたくなって、荒筋を紹介してくれた(はずの)K君に本の題名を尋ねたところ、全く身に覚えがないという。どなたかご存知ないでしょうか?

 文庫本中心で、値が張る書物は殆ど持っていない。しかし、三島由紀夫「豊饒の海」4部作は、第1巻「春の雪」が残念ながら第8刷なのを除いて、「奔馬」、「暁の寺」、「天人五衰」は初版第1刷を手に入れることができた。

天人五衰巻末の3行は、

庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる。・・・・・

「豊饒の海」完

昭和四十五年十一月二十五日 

となっている。いうまでもなく、三島自決の日付だ。この年私は大学院1年生で、昼食を終えた教授が、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊に立てこもったというホットニュースを興奮気味に持ち帰ったのをありありと覚えている。

 戦史物に興味を持ったのは11歳上の長兄の影響だ。戦闘描写ではなくて、明治以降の日本の戦いの軌跡を辿り、なぜ米国に無謀な戦いを挑み、そして完膚なきまでに叩きのめされたのか、そこに興味を持った。司馬遼太郎の「坂の上の雲」はこの長兄の蔵書だ。代わりに、チャーチルの「第2次世界大戦回顧録」(全6巻)は10年前から貸しっ放しだけど、催促しないからね。

 サラリーマン時代は、出張の行き帰りが最高の読書タイムで、中でも、藤沢周平は新潮・文春・講談社3文庫60余冊を買い求める一番のお気に入りとなった。藤沢物語は深い読後満足感と5年もたつときれいサッパリ忘れてしまうという二つの長所を持つので、何度も楽しめてお得だ。もっとも、同じ本を二度買うというミスを何回も犯してしまったが。

 詫間電波高専に奉職してそろそろ1年を迎える。図書館は隣の建物、しかも、研究用図書費まで頂いて、深く感謝している。最近は本を読み始めるとすぐ眠くなるのでなかなか捗らないが、この機会に図書館を渉猟して新たな読書ジャンルを拓きたいと思っている。

 

 

 

 

基礎から本の購入まで

                                                      情報通信工学科  草間 裕介

基礎と応用

高専の専門科目で「応用」を勉強し、そこで挫折せずに新たな興味が沸いて次のステップに進むためには、「基礎」がとても大切であると思います。諸先輩先生方の誰もが口を揃えて言うことです。その基礎とは数学です。ある科学者が「基礎を勉強するならまずその基礎が使われている応用を知るべきだし、応用を勉強するならまずその基礎を勉強するべきだ」と言ったそうです。この言葉は科学者としての長年の経験が深く染み込んだ言葉であると思います。阪神大震災では新幹線の橋脚が何箇所か崩れました。後々この原因を調べてみると興味深いことがわかったそうです。それは崩れた橋脚の下は例外なく、昔は川が流れていたり沼地であったりしたそうです。それだけ地盤(基礎)が大切だということです。砂の上にいくら立派な家を建ててもそのうち崩壊します。高専で勉強することの中にはこれと共通することがたくさんあると思います。

数学が苦手な人のために・・・

数学を基礎から勉強する必要があるなと感じたとき、大村平氏の「おはなしシリーズ」(日科技連出版社)を私はよく読み返します。高校から大学初級の数学と物理が中学生にわかるよう(決してレベルが低いわけではありません)に十分配慮してあると思います。これでは物足りないと感じたら宮腰忠氏の「高校数学+α:基礎と論理の物語」(共立出版社)も比較的評価が高いようです。私がこのような本を自分に合った良い本であると感じることができたのは、高校時代にあまり数学を勉強しなかったからだと思います。もし数学が得意であったなら、これらの本を手に取ることはなかったかも知れません。手に取っていたとしても何も感じなかったかもしれません。だから数学が苦手と思っている学生のために紹介しました。

本の購入について

本探しの基本はやはり図書館です。詫間電波の図書館には先生方の推薦図書が集積されており、かなり充実しています。図書館を利用する上で最大の利点はお金がかからないということです。しかし、いくら気に入った本があっても必ず返さなくてはなりません。どうしても自分の所有にしたいと思うとき一番簡単なのはインターネットです。日本の本ならAmazon.co.jp、海外の本ならAmazon.comから簡単に購入することができます。日本の本は著作権の問題で中身を閲覧することはできないので、私が参考にするのはレビュアーの感想と★★★の数です。これだけでもかなり参考になりますが、個人の感想(読み手のその時点での知識レベルや心の状態、期待するもの等)に左右されるので★の数が多くてもハズレもあります。商品を実際に手にとって見ることができないインターネットの欠点です。高かったのにハズレを引いたときのショックは大きいです。こんなハズレをなくすもっと確かな方法は、日本で最大と言えるくらいの大きな本屋に行くことです。もし東京に行く機会があれば八重洲ブックセンターの品揃えがとても良いと思います(私の知る限り最大)。また、日本の古い本は手に入りにくいですが、理工学専門の古本なら神田の明倫館書店というところが有名です。入ると不思議な感覚に陥ります。一方、海外の本ならAmazon.comで大半の目次、索引、抜粋(2−3ページ)だけは見ることが許されています。海外に行く機会はほぼ無いのでレビュアーの感想と★の数だけが頼りです。ただしAmazon.co.jpよりも海外の方がレビュアーの感想がとても懇切丁寧で充実しているのが救いです。自分で専門書を購入しようと考えている学生のために書きました。

 

 

 

 

図書の雑感

                                                      情報通信工学科  青海 惠之

図書について寄稿を依頼されたが、特別に主張したいことがあるわけではないので、思いつくことを述べることでお許しいただきたい。図書といえば読書を連想する。読書もいろいろであるが、一言で言えば楽しみである。小学校や中学校で読書の大切さを教わったものであるが、時計を分解したり、ラジオを組み立てたりする方が面白く、読書は大嫌いなほうであった。大学に行って人並みに読書をしなければと思いたち、パール・バックの『大地』を読んだ。この本の雄大なスケールは私の読書に対する認識を一変させた。その後も何冊か著名な海外の小説を読んだが、カタカナの人名や地名がわずらわしくなり邦人作家の本を読むようになった。石川達三の『青春の蹉跌』は印象に残った小説である。一時期は高橋和己に共鳴して、『悲の器』など4冊程読んだように思う。この作家が40歳で亡くなったことをラジオで偶然に聞いた時は軽いショックであった。社会人になってからは歴史小説の気軽さと痛快さに惹かれて、司馬遼太郎の小説を結構多く読んだ。近年は多忙でまとまった読書はできない。どのような時期にどのような本を読むかを特に考えたことはない。結果としては、当然であるがその時期に自分が共鳴できる本が選択されている。今まとまった読書ができないのは、多忙というより感受性に問題があるのであろう。時間があれば好きな小説を繰り返して読みたいと思う気持ちがある。そう遠くないうちに時間も自由になるであろうから、楽しみである。もし、読書が嫌いな学生がいるならば、考えを改めないと大損をするに等しい。著名な作品は必ず訴えるものをもっており、感受性豊かな青年時代には読みたい本にすぐに当たるはずである。

 図書といえば次には教科書を連想するが、この学校で授業をして、学生の教科書がきれいなことに驚く。褒めているのではない。我々とは時代が違うわけであるが、中学や高校では教科書を暗記するまで読んだ記憶がある。数ページに限られた試験勉強にはそのことは十分可能であるし、そうすることにより、どのような問題に対しても一定以上の点数をとれるはずである。ノートは単なるメモであり、教科書で勉強という姿勢を私は望みたい。大学になると教科書や参考書は多種多様であり、自分に合うや合わないも出てくる。学校で選定された教科書で、これはよかったと印象に残ったものはあまりない。専門の参考書の中では、ファインマン物理学は別格である。私がこの本に出会ったのはずっと後のことである。また、読破したわけでもない。もうずっと前から話題の本であったはずであるが、恩師から勧められた記憶はない。ときどき思い出して手にするとそれだけで豊かになった気分にしてくれる本である。同時に、もっと早くから会いたかったと残念な気持ちになる。余談であるが、ファインマンは他の著書で、量子力学の革新性は相対性理論の比ではないと述べている。相対性理論といえばアインシュタインであり、普通に物理の神様のような存在である。電磁場テンソルの式程式の美しさに接して、その偉大さを実感した者として相対性理論が軽んじられたことに、一瞬心情的な違和感があった。私は物理学が専門ではないので、専門の先生方の印象はどうであろうか。

 図書と言えばコピーを連想する。図書のコピーは違法である。ある大学の先生が、心血を注いで書き上げた書籍を簡単にコピーされて、不要になればさっと捨てられたのではたまらないと言っておられたが、誠にその通りであると思う。しかし、図書室に行けば希望の書籍が無料で借りられるとなれば、コピーをとりたいというのも人情である。図書館というのは、コピー技術の発達以前からあったものであるが、今日においてもその運用が変わっていないことにも問題があるのではないか。コピーを止めるには貸し出しを禁止するしかない。コピーが必要な場合は図書館が有料でコピーサービスを行い、その代金を著作者に還元すればよい。実際に文献複写ではそのようなサービスが行われているのであるから、図書館に何のチェック機構もないというのはアンバランスである。コピーの問題は私が簡単に語れるような問題ではないので、この程度にしておきたい。

 

 

 

 

図書館

電子制御工学科 新海 聡子

みなさんは,図書館が好きですか?

 私は,高校三年生の夏休みから,大学受験が終わる日まで,休みの日はいつも図書館に通っていた.通っていた図書館は,市内で一番大きい「中央図書館」.自宅近くにある区の図書館ではなく,「中央図書館」である.その図書館は,「中央」と名の付いている割には,交通の便が悪い場所に位置し,街中から更に市電に乗って,少し郊外に向かわなければ辿り着けない場所にあった.そのため,私の家からその図書館に向かうには,片道約一時間の時間を要した.

 朝,図書館の開館時間に間に合うように家を出て,五時の閉館と同時に家路につく.それが,私の休日の過ごし方であった.何故,休日は図書館に通ったのか,時間をかけてまでも「中央図書館」へ行っていたのか,それには理由があった.まず,図書館に通った理由はただ一つ.私は昔から家では全く勉強しない,というか,勉強をしようと思っても全く手につかないタイプの人間であったので,大学の受験勉強に追われていた私は,迷わず家から出ることを選択したのである.では,近くの図書館には通わず,何故,「中央図書館」まで通ったかというと,それには複数の理由があった.

まず一つ目に,図書館に通うためにかかる「一時間」という時間が,なんとも丁度よかったのである.休日に限らず,中学生の頃から,私には乗り物に乗っている間の習慣があった.それは,乗り物に乗っている時に,英単語,英熟語を覚えることである.私が育った街の地下鉄は,初めて目にする観光客は皆驚くが,車輪がタイヤであるため,走行中は大変静かで,快適である.もちろん,停車や発車の際には多少揺れるが,さすがに通学で六年間も地下鉄を利用していると,片手に鞄,片手に本を持って立っていても,ふらつくこともなく,バランスを取るのはお手の物だった.そのため,車内ではいつも英単語か英熟語の本を見ていた.言い方を変えると,乗り物に乗っている時以外は,単語と熟語の本を開くことなど全く無かったので,乗り物に乗っている時間は,私にとってとても貴重だったのである.

二つの目の理由は,その図書館で勉強をする人が大変多かったからだ.同じ学校の友人もよく見かけた.友達の友達と友達になることもあった.話したこともないけれど,互いに通っている学校と名前は知っている,そんな変な関係もあった.その図書館に通っていた受験生は,みな黙々と勉強し,疲れたり,集中力が切れると,外のロビーで飲物を飲みながら気分転換をしていた.そんな時に,自分と同じ受験生と会話を交わすこともあった.通っている学校はどこか,志望校は決まったか,勉強は進んでいるか,そんなことを一通り話した後,また,各自勉強に戻る.「大学」という,自分と同じものを目標としている人と交わす会話は,大変刺激的で,自分も頑張ろうという活力になった.

大学へと進学した私は,大学でも同じように図書館に通っていた.大学では,繋がりよく講義が開かれることは少なく,朝一の講義から自分が選択した次の講義まで,数時間空くということも珍しくなかった.そんな時,私はいつも図書館で時間を潰していた.図書館で過ごす空き時間を利用して,講義で与えられた課題を解き,実験のレポートを仕上げていた.決して,まじめだった訳ではない.理由はただ一つ.放課後は,部活をし,バイトをし,そして,思う存分遊びたかったからだ.

私は,昔も,今も,家では全く仕事をしない.今考えると,家では勉強ができず,必ず図書館に通っていた当時の私を,そのまま引きずっているのかもしれない.図書館に通っていて,本当に良かったと思う.あの時があったから,大学時代も図書館にいる自分に違和感を覚えることはなかったのだと思う.大学受験を決める高校三年生まで,勉強なんか大嫌いで,成績も学年最下位に近かった私が,単位を落とすこともなく,無事大学を卒業できたのは,空き時間を図書館で過ごす「癖」がついていたからだと思う.

今でも,あの時通った図書館を思い出す.勉強に行き詰まって見上げた天井.ロビーの椅子.そして,いつも図書館で見かける彼.

図書館に通った三つ目の理由は,憧れの彼に逢うことだった.もちろん,図書館に通いだした頃は,こんなことは理由ではなかった.彼に逢えることが,いつしか楽しみになっていたのである.その人と話したことはなかった.恥ずかしくて,目も合わせられなかった.もちろん,名前も知らない.その人の後ろ姿を見ることで精一杯だった.だから,今思い出せるのは,彼の大きな背中だけ.彼がいなければ,図書館通いも途中で挫折していたかもしれない.そうすると,今の私もないのかな.

恋も,いいものだね.

 

 

 

 

図書館

情報工学科4 向 美紀

私が図書館に通いだしたのはいつの頃からだろう。小さい頃の図書館の思い出といえば毎週土曜日に母と姉と一緒に図書館に通い、よく絵本を読んでもらったり、自分で好きな本を探したりした。その当時は、一人五冊しか借りられなくていつもどれを借りるか迷っていた。「これもいい、あぁあれもいい」なんていって私だけ本を選ぶだけで一時間ぐらいかかり、結局、母や姉の分の借りることができる冊数までをも私が借りる始末。それでも満足しきれない私は図書館で借りることができなかった本をずっと粘って読んでいた。とにかく本が好きだった。そのときはまだ図書館で勉強している高校生や中学生を見ても自分には関係ないと思っていた。でも、もうその時から、一生懸命に机に向かって手を動かしている高校生や中学生の姿を見て何か憧れを感じていたのかもしれない。小学高学年になると、知らぬ間に図書館で皆と同じように机に向かっていた。そこでは、高校生や中学生、一般の人さまざまな人がさまざまな目的を持って勉強していた。その中に、ぽつんとひときわ小さい子がいた。そう私である。たいした勉強でもないのに、なぜかやる気が出て、学校で宿題として出たワークを一日に何ページもしたりした。宿題が終わって時間が余れば宿題以外のページもした。それをしているときの気持ちよさ。なんだか自分だけが偉くなったような気がして誇らしげな気分と、今日もたくさん勉強をやったぞっていう満足感に浸されていた。そういえば、中学生の頃一番図書館に通ったかもしれない。受験生のときの長期休みのときは必ず開館から閉館まで図書館にいた。図書館の環境が好きだった。みんな目的はばらばらだけど一生懸命何かに集中してやっている。そんな図書館が好きだった。

だが、高専に入って図書館に行く回数が少しずつ減っていった。もちろん学校の図書館には行っていたがいつも私が通っている図書館には行かなくなった。なぜだろう。あんなに好きだった図書館。気がつけば図書館に通っているときはいつも目的があった。何かを頑張る!やり遂げるぞって言う強い意志があった。今、私の中でそれが薄れているのかもしれない。そう思った。正直、この電書波図の話が来たとき何を書こうか迷っていた。私なんかが書いていいのだろうかという気持ちで一杯だったからだ。そこで図書館について考えてみた。振り返ってみると、いつも図書館があってそして自分という人間がいた。大きな夢を抱き、それを叶えるために、図書館に行っていた。そして目的は違うが一生懸命に何かに向かってがんばっている誰かがいつもそこにいたこと。そんな環境だからこそ自分にあっている場だと思ったこと。だから図書館が好きになれたということ、そして図書館に向かうときの自分は何よりも楽しそうでそんな自分が好きになれたということ。

気がつけば、私は今年で二十歳になる。進路も決め地に足をつけなくてはならない。だが、人生うまくいかないことのほうが多い。幼いときと比べ人間関係も勉強も複雑になり嫌なことのほうが多い。口では何でも簡単に言えるけど実際は本当に難しい。そんな時、図書館に行こうと思う。そして、また力をもらって頑張ろうと思う。

図書館、それは私にとって人生のターニングポイントとなる場なのだ。

 

 

 

編集後記

 今回は教員と学生の原稿を掲載しました。図書館にまつわる思い出や本についてのドラマティックな記憶など、その年齢にしか出合えない本が存在するのも事実であろうと思います。本との出合いも一期一会といえるのでしょう。